Mrs. GREEN APPLE(ミセス)『クダリ』の歌詞とその意味&魅力について解説していきます。
4thオリジナルアルバム『Attitude』の9曲目に収録された楽曲です。
大人になるにつれてハッキリと見えてくる世の中の汚れた部分。
正しさではなく声の大きさが物を言うこの世界。
そんな現実に絶望や苦しみを抱えながらも、何とかもがき生き抜いていこうとする主人公大森の姿が描かれています。
Mrs. GREEN APPLE(ミセス)公式Instagramの投稿から。
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後半ではこの楽曲の意味などについて詳しく書いているので、是非最後まで目を通してみてください!
それでは早速『クダリ』の歌詞紹介から書いていきます。
あくまで筆者自身が解釈したものになるので、一つの参考として受け取っていただけると幸いです。
動画解説:『クダリ』歌詞考察してみた
このブログの内容は下記の動画でも解説中!
Mrs. GREEN APPLE『クダリ』歌詞
歌手:Mrs. GREEN APPLE
作詞:大森元貴
作曲:大森元貴
収録:4thアルバム『Attitude』
発売日:2019年10月2日(水)
瞳はいつからか 嘘が見えて
汚れた世の中の仕組みも嫌ってほど見えて
声が届かないと知ったのはいつだろう
知らない誰かにも嫌われたくなんかないと思ったのは
いつからだろう
嘘をつくのも 在る時から疲れて
哀しいのも寂しいのも 私だけで良いのさ
何にも負けないその貴方の笑顔が
悲しみで溢れる事が無いように
どうやって生きていけばいいのだろう
結局は気遣いさせては
虚しさの海に落としてしまって どうしようか
背伸びが得意になり 繕うのなんかは朝飯前
でも心のどっかで 見つけてほしいんだろうな
大人になっても わからないものです
汚れた世の中の仕組みに嫌ってほど慣れて
声が届かないと諦めたのはいつだろう
悲しみで溢れる事が無いように
どうやって息を吸えばいいのだろう
結局は気遣いさせては
私という海を泳がせてしまって どうしようか
背伸びが出来なくなり 目を擦って埋める足りない価値
でも心のどっかで 助けてほしいんだろうな
貴方に刺さった棘を食べて
哀しいのも寂しいのも 私だけで良いのさ
何にも負けないその貴方の笑顔が
悲しみで溢れる事が無いように
『クダリ』歌詞の意味&魅力
この曲『クダリ』は、この曲が発表された4〜5年前に1番だけ完成していたという楽曲。
その後4thアルバム『Attitude』の発表に合わせて、2番が制作されたようです。
等身大の大森元貴という人間からは、今この世の中はどう見えているのだろうか。
昔の自分はその時の世の中をどう見ていたのだろうか。
たった1つ今も昔も変わらないのは、そんな世の中をどう生き抜いていけば良いのだろうかと悩み苦しんでいるということ。
そんなことが真っ直ぐに綴られた名バラード作品となっています。
公式音源の紹介
こちらがiTunesで公開されている『クダリ』公式音源。
ここからは歌詞解説をしていきます。
1番:歌詞の意味
まずは冒頭Aメロ部分の歌詞から。
瞳はいつからか 嘘が見えて
汚れた世の中の仕組みも嫌ってほど見えて
声が届かないと知ったのはいつだろう
知らない誰かにも嫌われたくなんかないと思ったのは
いつからだろう
少しずつ歳を重ねるごとに、透き通っていた瞳の奥にはいつからか嘘が見えてきて、無条件に美しいものだと思い続けてきた世の中は汚れたものに見えてくる。
世の中には理不尽な仕組みがはびこっていて、それが嫌というほど見えてしまう。
この世界では、どんなに大きな声を上げてその理不尽さを訴えたとしても、その声はすぐに消されてしまうということに気付いてしまいます。
そのとき主人公は孤独を知るのです。
しかしそうすると、次は誰かと繋がりたいと思うようになります。
そしてその思いは次第に強くなり、
いつからか見ず知らずの誰かにさえ嫌われたくないと思うようになるのです。
この世界に生き辛さを感じ始めたのはいつからだろうかと、過去を振り返るようにしてこの曲は描かれていきます。
続く1番Bメロの歌詞。
嘘をつくのも 在る時から疲れて
哀しいのも寂しいのも 私だけで良いのさ
何にも負けないその貴方の笑顔が
悲しみで溢れる事が無いように
ありのままの自分を表現し真っ直ぐに生きれば生きるほど、孤独が襲いかかる辛い世の中。
そんな世界で、誰にも嫌われたくないという思い一心で生きてきた主人公は、気づけば嘘だらけの人生を歩むようになっていたのでしょう。
しかしある時から、そうやって嘘を付いて生きることにさえ疲れてくるのです。
嘘をついて上手くやり過ごすくらいなら、いっそ孤独でいる方が良いのではないかと。
大切な人が笑ってさえいてくれれば、僕は悲しさも寂しさも受け入れようと。
自分が苦しい思いをしたとしても、大切な人が笑顔であれるならそれで良いのさと、どこか拭いきれない憂いを含んだメッセージが歌われます。
それは主人公の優しさであると同時に、この汚れた世界に対する諦めでもあるのでしょう。
そして1番サビの歌詞がこちら。
どうやって生きていけばいいのだろう
結局は気遣いさせては
虚しさの海に落としてしまって どうしようか
背伸びが得意になり 繕うのなんかは朝飯前
でも心のどっかで 見つけてほしいんだろうな
どこまでも息苦しく生き辛いこの世の中で、主人公はどう生き抜いていけばいいのか分からなくなっている様子。
孤独と寂しさを自分だけで抱え込めば、大切な人の笑顔を守ることができると思っていたのに、結局は相手に気を遣わせてしまうばかりだったのです。
そうこうしている内に、その場をやり過ごすための背伸びや取り繕いだけは一人前になったけれど、結局心の奥底にある孤独はいつまでも拭うことはできませんでした。
心のどこかではいつも、本心をさらけ出せるような仲間を探していたのでしょう。
自分の苦しみに気付いてくれる人の存在を強く求めていたということに、主人公自身も本当は気付いているのです。
2番:歌詞の意味
2番Aメロ部分の歌詞から。
大人になっても わからないものです
汚れた世の中の仕組みに嫌ってほど慣れて
声が届かないと諦めたのはいつだろう
悲しみで溢れる事が無いように
時は流れ、1番の歌詞で悩み苦しんでいた主人公は大人になります。
しかし大人になった今も、この汚れた世界での生き抜き方に答えは見つかりません。
ただ1つ変わったのは”諦め”という言葉が心の中に強く根付いたということ。
理不尽なこの世の中の仕組みにすらいつからか慣れてしまい、”この世界が悲しみで溢れないように”と訴え続けた声も結局届くことは無いのだろうと、諦めが付いてしまうのです。
それは絶望であり悲哀でもある。
大人になるということは、まさにそういうことなのかもしれません。
そして2番サビの歌詞が続きます。
どうやって息を吸えばいいのだろう
結局は気遣いさせては
私という海を泳がせてしまって どうしようか
背伸びが出来なくなり 目を擦って埋める足りない価値
でも心のどっかで 助けてほしいんだろうな
どうやって息を吸えば良いのか、どうやって生きていけば良いのか分からない。
誰かのためにと思っての言動や行動も、結局は相手に気遣いさせる羽目になる。
そうやって誰かを苦しめてしまう自分が悔しくて悔しくて仕方ないのでしょう。
そして次第に背伸びをして自分を取り繕うことすら出来なくなり、孤独や虚しさを埋めるための”何か”を探すように日々彷徨うようになります。
心の奥では差し伸べられる助けの手を求めているのに、今日も独りで必死にもがくのです。
ラストはこのフレーズで終わります。
貴方に刺さった棘を食べて
哀しいのも寂しいのも 私だけで良いのさ
何にも負けないその貴方の笑顔が
悲しみで溢れる事が無いように
これまでの歌詞の中で多くのことを考え、悩み苦しんできた主人公ですが、結局はまた自分の原点に立ち返ってきます。
やっぱり僕は、貴方のその太陽のような笑顔を守りたいのだと。
そのために僕が悲しさや寂しさを抱えることになろうとも、それだけで満足なのだと。
だからこれからも、あなたに刺さった棘(苦しみ)を食べるように生きる人生が僕には向いているのかもしれないなと思うのです。
生き方に迷っているくらいなら、
そうやって決意して前に進む方が楽になれるのかもしれないなと。
それはある意味で、絶望や孤独や虚しさが渦巻く中に少しの希望が見えた瞬間なのかもしれません。
ぜひ歌詞の意味を深く心に刻みながら、この曲『クダリ』を聴いてみて下さい!
心の奥底に潜んでいる孤独や虚しさという感情に気付かせてくれるような楽曲です。
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